正覚寺 コメントを残す 平安時代後期に作られたお寺で、今とは違う場所にあったそうですが、三増合戦の際、武田軍に焼かれ、今の場所に移りました。境内には俳句の句碑がたくさんあります。 民俗学者の柳田國男も本堂に宿泊し、句を残しています。「山寺や 葱(ねぎ)と南瓜(かぼちゃ)の 10日間」 毎日、同じものがでたようですね。 本堂には、吊し雛がありました。1年前から本開帳のために作成したそうです。今回で、初めての吊し雛だそうです。 共有:共有TwitterFacebookメールアドレスGoogle印刷いいね:いいね 読み込み中...